親が認知症になる前にやっておくべき対策

前回、親が認知症になった場合のリスクのお話をしましたが、今回は「認知症になる前に家族間で決めておくべき財産や相続のこと」についてお話しします。

認知症になることで判断能力が低下し、1人で色々な契約などをすることができなくなります。法律では、判断能力がない人の契約は無効または取り消すことができるとされています。老人ホームや介護施設などへ入居するための手続きや、入居するためのまとまったお金を準備するために預金を下ろしたり、家を売却したりすることができなくなってしまいます。

こういったどうしようもない状況に陥ったときに、家族間の仲が悪くなってしまうこともあります。両親が認知症になる前であれば、財産をどのように処分したり、管理していくのか、両親の意思を尊重しながら一緒に話し合って決めていくことができます。

今回の記事では、両親が認知症になる前に家族間で考えていただきたいことを5つのテーマでご紹介します。この中には、制度的にまだまだ発展途上なものもありますが、これらの方法を理解した上で計画的に活用していくことで良い効果を発揮することができます。

「任意後見人」を活用する

認知症対策の代表的な方法の1つとして「任意後見制度」があります。任意後見は将来的に判断能力が低下するときのリスクに備えて行う手法で、本人の代わりに任意後見人があらかじめ決めた内容で財産を管理していきます。たとえ「今は元気だから大丈夫、何も問題ない」と思っていても、いつどこで認知症のような状態になるかどうかは誰にも予想はつきません。この万が一に備えて両親の財産を管理するために任意後見人を活用するするのも1つです。

任意後見に限らず、誰もが必要に差し迫った状況にならないとなかなか後回しにしていまいがちですよね。この後でてくる遺言もおなじような性質があります。任意後見に関しては、認知症になった後では利用することができないので、そこは後で後悔しないように注意が必要です。

認知症になる前に任意後見を利用するメリット・デメリット

任意後見人を利用するメリット

・認知症になる前に両親の意見を尊重できる
・認知症になった後に財産の把握するのに困らないですむ
・認知症になった後に介護費用の捻出や不動産の処分などに困らないですむ

任意後見人を利用するデメリット

・まだまだ制度が認知されているとは言えないため、利用者が少ないので情報が集めにくい
・家族の誰かを選任する場合、その人にだけ特定の負担をかけてしまう

任意後見は内容を自由に決めることができる

任意後見の制度は、両親がまだ元気なうちに利用する制度なので、本人が自分の意思で「誰にどのようなことを支援してもらうのか」という契約内容を自由に決めることができます。そして任意後見人になる方としっかりと話し合った上で、事前に任意後見契約を結び、もし認知症になった後は、その任意後見人が契約内容にそって本人を支援していく制度です。これは、両親が認知症になる前ではないとできないことです。

任意後見で決めることができる内容

◇ 財産管理について

自宅などの不動産の処分や管理、預貯金や年金の管理、税金や公共料金の支払いについて、社会保障の手続き

◇ 介護や生活に関することについて

生活費の送金、介護施設との契約、要介護認定の申請、介護費用の支払い、医療関係の契約、入院の手続きや費用の支払い

任意後見契約は自分たちで決めるだけでは足りず、公証役場に行って公証人に任意後見契約に関する公正証書を作成してもらい、その内容を登記しておく必要があります。そして、任意後見人の管理を実際にスタートさせるときは、さらに任意後見監督人という後見人の不正利用防止を見守るような立場の人を家庭裁判所に選任してもらいます。ようするに、任意後見人の活動ができるようになるのは、家庭裁判所に後見監督人を選任してもらった後です。

任意後見監督人の選任の申し立ては、本人もできますし、配偶者や4新等内の親族から行うことができます。

任意後見人は家族でもなれる

後見人と聞くと、弁護士や司法書士のような専門家を想像する方もいるとは思いますが、そういった専門家に限らず、一般的に両親の認知症対策として利用する場合は本人が信頼する家族の誰かや親戚、友人を指定することもできます。任意後見には監督人がつくので、任意後見人の行動に不備がないかについてチェックしてくれるので安心して管理を任せることができます。

任意後見の大きなメリットとして、本人が自分の意思で信頼できる人に財産の管理などを任せることができる点にあるので、自分が最も信頼できる家族などを後見人にすることで将来的に大きな効果をもたらすことになります。後見人を適当に選んでしまうと、仮に後見人が、本人の財産を自分のために不正に利用しているような場合、本人や親族、後見監督人がそのことに気付いて解任を申し出ない限り、解任することが難しいので後見人の候補者を決めるときは慎重に決めるようにしてください。

任意後見人は不動産の売却もできる

本人が認知症になってしまうと、たとえ子供であっても親の預金を引き出したり、実家を売却したりすることはできません。しかし、任意後見人との契約の際に「実家は介護施設への入居費用を準備するために売却可能」などと、定めておけば任意後見人の判断で売却することもできます。

任意後見人には取消権がないので注意も必要

もし、認知症になった両親が詐欺の被害に遭い、高額な商品を買わされてしまったような場合、財産管理をしている任意後見人でもその契約を取り消すことはできません。任意後見の注意点として、法定後見のように取消権がないのです。任意後見制度の趣旨として本人の自由な意思の尊重というところがある以上、法定後見のように何でもかんでも代理権があるわけではないので、権限が少し弱い一面があります。

「公正証書遺言」を利用して財産の処分方法を決めておく

両親が亡くなった後のお話になりますが、両親の財産を法定相続分以外の割合で引き継ぐ必要なあるような場合には、公正証書遺言が非常に有効な手段となります。遺言がなかったら、相続人同士で話し合いをする必要があり、場合によっては話し合いが長期化し、なかなか話がまとまらずに相続人同士で揉め事に発展する可能性もあります。

遺言というのは、本人が亡くなった後の世界で、遺された子供達にどうやって財産を引き続くのか、自分の意思を示す手段としてとても大切な役割があります。また、遺言は亡くなった後に効力が生じるという、まさに最後の意思表示とも言えるのです。

認知症になる前に公正証書遺言を利用するメリット・デメリット

公正証書遺言のメリット

・両親の意思が明確にわかるため、遺産分割をめぐるトラブルが起きにくい
・両親の財産の内容がわかるため、相続開始後に困らない

公正証書遺言のデメリット

・作成に手間と費用がかかる
・死んだ後の事を真剣に考えるのが難しい

公正証書遺言を使用すれば安心して財産を引き継げる

遺言といっても、いくつか種類があり代表的なものに「公正証書遺言」と「自筆証書遺言」があります。より確実に財産を引き継ぎたいのであれば公正証書遺言が断然お勧めです。自筆証書は遺言は自分で書いて自分で保管するため、手軽な反面、紛失の恐れや間違った内容で書いてしまうというリスクもあります。

一方、公正証書遺言であれば、公証人を間に挟むので内容の信憑性を疑われることもありませんし、公証役場で保管されるため、紛失のリスクもなくなります。1つ欠点としては、公証役場まで本人が出向かなければいけないので人によってはそれが煩わしく感じるかもしれません。

「家族信託」を活用して財産の管理方法を決めておく

家族信託は、両親が認知症になる前に、親の財産をたとえば子供が代わりに預かって管理や運用をしていくことができる仕組みです。そして、その財産によって利益が出た場合には誰がそれ利益を受けるのかを両親が指定することができます。利益とは、例えば不動産の賃貸経営などで発生した利益などです。

家族信託は任意後見以上に、まだまだ馴染みが少ない制度で、テレビなどで聞いたことがあるくらいの方が多いかもしれません。これから確実に注目されていく制度です。財産管理や財産承継についてかなり自由に設計できるため、利用者も年々増えてきています。近年では、本人が生存している間は、本人が直接利益をもらい、亡くなってからは配偶者や子供が利益をもらうという遺言代用信託も増えてきています。

家族信託の仕組み

信託契約には、「委託者」(財産を預ける人)、「受託者」(財産を預かる人)、「受益者」(利益を受ける人)のそれぞれの立場の人たちがいます。

たとえば、親(委託者)が元気なうちに、長男を受託者、本人である親を受益者として信託契約を結びます。その後万が一、親の判断能力が低下し認知症になった場合でも、信託を実行することによって長男が本人に代わって生活費を支出したり不動産を処分したりして、介護費用や、施設の入居費用、生活費にあてることができます。

不動産を信託する場合には、親が長男に信託財産として管理や運用を任せた段階で不動産の名義変更を行います。あくまで信託財産としての所有者という形になります。これによって認知症になっていても悪徳業者などから不当な契約をさせられたりするリスクを避けることができます。

また、受益者(利益を受ける人)を親にしておくけば、長男に贈与税がかかるということはありません。

このように、家族信託には任意後見と遺言の両方に近い機能を持つことができ、使い方によっては大変便利であるため、上手に活用すれば大変効果的な手段です。

家族信託をすることで認知症になった後も安心

家族信託は、委託者と受託者の信託契約が基本になるので、その人の状況に応じて最適な内容を設計しやすく、信託は契約した時点から開始することもできるので、任意後見と違って親が元気なうちから財産の管理権限を信頼できる受託者に移すことができます。しかも、贈与とはならない仕組みです。

また、親のために信託財産を使用するという内容にしておけば財産の運用から得た利益を親の老後の資金に充てることもできます。

家族信託により不平等になるケースもある

近年注目されている制度とはいえ、まだまだ全体の利用者は少ないので、判例なども少ないのが現状です。これまで話してきた親の財産を親のために運用するような信託内容であれば問題ありませんが、家族信託では親の財産の運用により利益が出た分を相続人の誰か1人が受け取るような設計もできてしまうため、親からの生前贈与と同じような扱いなり、遺留分の問題も生じてくる可能性もあります。

認知症になる前に家族信託を活用するメリット・デメリット

家族信託のメリット

・認知症になった後、介護費用や不動産の管理方法に困らない
・認知症になった後でも、所有者が変わっているため不要なトラブルを避けることができる。

家族信託のデメリット

・受託者(財産管理をする人)に負担がかかる
・信託契約の内容によっては相続人間に不平等が生じる

認知症になる前に「生前贈与」を活用する

たとえば、「お孫さんに教育費をあげる」という約束をしていた場合、もし認知症になってしまうと判断能力が低下してしまうため、任意後見や家族信託を利用しなければ、それらの約束の実現をすることが難しくなります。贈与契約も判断能力が十分なときに行わないと有効な契約をすることは難しいです。

しかし、認知症になる前にあらかじめ「生前贈与」を行なっておく事で子供や孫の将来に備えることができます。

認知症になる前に生前贈与をしておくメリット・デメリット

生前贈与のメリット

認知症になる前に両親から資金援助を受けることで将来の生活に困らない

生前贈与のデメリット

相続だと無税だが、贈与を利用することで税金がかかることがある

生前に実家の贈与を受けておく

たとえば、両親と同居している長男が、両親が亡くなった後には当然に自分が実家を相続できると思っていたが、遺言がなく、兄弟で平等に分けるという話になった場合には住んでいた実家を売却しなければならない可能性もでてきます。そこで、生前に実家の贈与を受けておけば、亡くなった後に誰が実家のことで揉めることもなく安心して生活を続けていけます。

贈与契約は認知症になってからでは遅いため、お互いに話し合ってできるだけ早めに対策をとっていく必要があります。

非課税で受けられる贈与を活用する

贈与と言っても様々な種類があり、子育てや教育資金、マイホームのための資金など中には、非課税で贈与を受けられるものも存在します。認知症になってからでは贈与はできないので、早めに家族間で今後のことについて話し合っておくことが重要です。

まとめ

認知症になってしまってからでは、取り返しのつかないリスクが様々ある中で、前もってやっとおけることはないのか?あるとすればどのような方法が最も効果的か?など、当事務所ではお客様の家庭状況に合わせたアドバイスを提供させていただいております。

当事務所では、相続対策、認知症対策に最も力を入れておりますので、少しでも不安のある方はお気軽にご連絡ください。

記事監修者

ローワン綜合法務事務所の司法書士・行政書士 中瀬雄太です。
相続の豊富な経験を活かし、皆様のお悩みに寄り添います。

はじめまして、司法書士の中瀬です。
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