
「将来、親が認知症になってしまったら、毎月の年金はどうなってしまうのだろう?」 「施設に入るための費用や医療費を、できれば親の年金からスムーズに支払えるようにしたい」
ご高齢の親御様を持つご家族にとって、将来の財産管理、特に日々の生活の糧である「年金」の管理は切実な悩みです。
最近話題の「家族信託」を使って、親御様の代わりに家族が年金を受け取り、管理できるようにしたいと考える方も増えています。配偶者や親の年金を信託財産に含めることはできるのでしょうか?
結論から申し上げますと、「年金を受け取る権利(年金受給権)」そのものを家族信託することは、法律上できません。
しかし、がっかりしないでください。「年金を親のために安全に管理する」という目的を達成するための、家族信託を使った現実的な代替案は存在します。
この記事では、なぜ年金そのものは信託できないのかという法律的な理由と、家族信託を活用して親御様の生活費をまもるための具体的な方法について、家族信託を得意とする司法書士が分かりやすく解説します。
1. 「年金受給権」そのものは家族信託できません
家族信託のご相談の現場でも、「親の年金振込先を、私の口座(受託者である子の口座)に変更して、私が管理したい」というご要望をよくいただきます。
お気持ちは非常によく分かりますが、残念ながらこれは不可能です。
理由は法律で「譲渡」が禁止されているから
国民年金や厚生年金といった公的年金を受け取る権利は、法律上、その人だけに認められた非常に個人的な権利(一身専属権といいます)とされています。
法律(国民年金法第24条、厚生年金保険法第41条など)では、年金を受ける権利について、以下のように厳格に定めています。
厚生年金保険法
(受給権の保護及び公課の禁止)
第四十一条 保険給付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押えることができない。ただし、年金たる保険給付を受ける権利を別に法律で定めるところにより担保に供する場合及び老齢厚生年金を受ける権利を国税滞納処分(その例による処分を含む。)により差し押える場合は、この限りでない。国民年金法
(受給権の保護)
第二十四条 給付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押えることができない。ただし、年金給付を受ける権利を別に法律で定めるところにより担保に供する場合及び老齢基礎年金又は付加年金を受ける権利を国税滞納処分(その例による処分を含む。)により差し押える場合は、この限りでない。
家族信託は、財産の管理・処分権限を信頼できる家族(受託者)に移す(譲渡する)仕組みです。しかし、年金受給権に関しては、法律が明確に「譲り渡してはいけない」と定めているため、年金を受ける権利そのものを信託財産として家族に移すことはできないのです。
したがって、年金の振込先口座を、本人以外(例えば信託口口座など)に指定することもできません。 親御様がご存命である限り、年金はずっと親御様ご本人名義の口座に振り込まれ続けます。
2. 認知症による「口座凍結」リスクの現実
では、なぜ皆様は「年金を信託したい」と考えるのでしょうか。その最大の理由は、親御様が認知症になった際の「口座凍結」リスクへの不安でしょう。
年金がご本人の口座に振り込まれ続けたとしても、もしご本人が重度の認知症になり、意思能力(判断能力)がないと銀行に判断されてしまうと、その口座からお金を引き出すことが非常に難しくなります。いわゆる「事実上の口座凍結」状態です。
こうなると、たとえ口座に年金が貯まっていたとしても、ご家族がそれを引き出して本人の医療費や施設費に充てることができなくなってしまいます。特に親の年金が主な収入であり、生活に直結するケースも少なくないからです。
これが、皆様が抱える最も大きな不安の種なのです。
3. 「年金」を家族信託で管理するための現実的な方法
年金受給権そのものは信託できませんが、諦める必要はありません。 「年金そのもの」ではなく、「振り込まれた『後』の現金」に着目することで、家族信託を活用した対策が可能になります。
方法①:「振り込まれた後の現金」を追加信託する(理論上可能だが非現実的)
法律上、受給権は譲渡できませんが、口座に振り込まれた瞬間に、そのお金は「単なる現金(預金)」となります。現金であれば、信託することができます。
理論上は、以下のような手続きをとれば、年金を信託財産に組み入れることは可能です。
- 年金が親の口座に振り込まれる。
- 家族(受託者)が、親の代わりにその現金をATMなどで引き出す。
- 引き出した現金を、信託専用の口座(信託口口座など)に入金する。
- この「入金」を「信託財産の追加」として記録する。
しかし、この方法は非常に手間がかかります。奇数月ごとにこの作業を行い、その都度、契約書に基づいた追加信託の手続き記録を残すのは現実的ではありません。また、ご本人の判断能力が低下している場合、家族が現金を引き出すこと自体が難しくなる可能性もあります。
方法②:【推奨】役割分担で管理する「財布を分ける」考え方
実務上、最も現実的で推奨されるのは、年金そのものを信託に入れようとするのではなく、「信託する財産」と「信託しない財産(年金が入る口座)」の役割を明確に分けるという方法です。
具体的なイメージは以下の通りです。
【財布A】親御様ご本人の口座(信託しない財産)
- 役割: 年金の受け取り、日々の少額な生活費の支払い
- ここに年金が振り込まれ続けます。ご本人が元気なうちは、ここから生活費を使います。
- 認知症が進んだ場合は、家族が「代理人キャッシュカード」などを使って、日々の食費や消耗品費などを必要な範囲で引き出します。(※金融機関によって対応が異なります)
【財布B】家族信託用の口座(信託した財産)
- 役割: まとまった資金の管理、将来の大きな出費への備え
- 親御様が持っている「まとまった預貯金」や、将来売却するかもしれない「不動産」をあらかじめ家族信託契約で信託財産に入れておきます。
- この口座は、管理を任された家族(受託者)が管理します。
【運用のポイント】 普段の生活費は【財布A(年金)】でやりくりします。もし、施設への入居時一時金や高額な医療費が必要になり、【財布A】の残高では足りなくなった時に初めて、【財布B(信託財産)】から支払う、という体制を整えておくのです。
こうすることで、たとえ【財布A】が認知症で使いづらくなったとしても、まとまった資金が入っている【財布B】は家族が安全に動かせるため、「お金があるのに支払いができない」という最悪の事態を回避できます。
方法③:自動送金サービスを利用する
上記のように、親御様が元気なうちは入ってきた年金を信託財産に移すことも可能ですが、この方法では委託者が認知症などで判断能力の低下に陥った場合に、年金の入出金や口座の解約ができず、財産が凍結してしまう可能性があります。
年金を生活費や老人ホームの費用に充てている方は年金を利用できず困ってしまうでしょう。
このような問題に対応するには、委託者の判断能力が正常なうちに年金の受給先口座から受託者が用意した信託口口座へと入金できる、銀行の自動送金サービスを利用するのがおすすめです。
自動送金サービスは各金融機関で利用可能ですが、有料ですので月に数百円程度の手数料がかかります。
この方法を利用すると、自動で信託口口座に送金できるためとても便利ですが、デメリットもあります。
自動送金サービスは申込みから数年間しか利用できない、という期限が設定されている場合があります。
自動送金サービスを利用する場合は、なるべく期限が設けられていない、もしくは期限が長期の金融機関を選ぶのがおすすめです。
定期的に年金を信託財産に追加するためには、信託組成の際に、信託契約書にその旨を記載しておくのも重要です。
4. 家族信託以外の選択肢との比較
年金の管理について、家族信託以外の方法と比較してみましょう。
代理人キャッシュカード(銀行のサービス)
- メリット: 手続きが簡単で費用も安い。初期の認知症であれば家族が引き出せる。
- デメリット: あくまで銀行のサービス範囲内での利用に限られる。ご本人の判断能力が完全に失われた場合、利用停止になるリスクがある。また、高額な引き出しや不動産の売却などはできない。
成年後見制度(法定後見)
- メリット: 家庭裁判所が選任した後見人が、年金を含む全ての財産を管理できる。身上監護(契約行為の代理)も可能。
- デメリット: 家族が後見人になれるとは限らない(専門家が選ばれると月々の報酬が発生する)。柔軟な財産活用(生前贈与や積極的な資産運用など)が難しくなる。一度始めると原則として亡くなるまでやめられない。
まとめ:年金は「守り」の要。家族信託の設計は専門家へ
年金受給権そのものを家族信託することはできません。 代々手段を上手に活用していく必要があります。しかし、「親御様の生活を守る」という目的においては、年金だけにこだわる必要はありません。
年金が入るご本人の口座と、まとまった資産を管理する信託口座を上手に使い分けることで、将来の認知症リスクに備えた強固な財産管理体制を築くことができます。
大切なのは、ご家族の資産状況、親御様の健康状態、そして将来の希望に合わせて、最適な設計図を描くことです。家族信託は非常に柔軟な設計が可能ですが、その分、法的な専門知識が不可欠です。
「うちの場合は、年金と預金をどう組み合わせるのが一番良いのだろう?」 そう思われた方は、ぜひ一度、家族信託に詳しい司法書士にご相談ください。あなたの家庭に最適なプランをご提案いたします。
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記事監修者
ローワン綜合法務事務所の司法書士・ 中瀬雄太です。
相続や家族信託の豊富な経験を活かし、皆様のお悩みに寄り添います。
はじめまして、司法書士の中瀬です。
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