
家族信託の受託者と任意後見の後見人は兼ねることができる?
「親の将来に備えて家族信託を検討しているが、場合によっては任意後見制度も併せて行った方がいいらしいようなことを聞いた。受託者と後見人を同じ子どもが担うことはできるのだろうか?」このような疑問をお持ちの方は少なくありません。
結論から言えば、家族信託の受託者と任意後見制度における任意後見人は、法律上、同一人物が兼ねることが可能です。両制度は目的や役割が異なるものの、法律上どちらも「本人以外の家族が財産管理や生活支援を担う」という点では共通しており、実務上も同じ家族が両方の立場を引き受けるケースは珍しくありません。ただし、兼任することが可能だからといって、どのような状況でも問題なく機能するとは限りません。利益相反のリスクや、家庭裁判所・任意後見監督人との関係、信託契約の設計次第で、兼任がスムーズに機能する場合と、かえって複雑さを生む場合があります。本記事では、家族信託と任意後見制度それぞれの目的の違いを整理したうえで、受託者と任意後見人を兼ねる場合のメリットや注意点、実際にどのようなケースで兼任すべきか、あるいは別々の人物に任せるべきかを、専門家の視点からわかりやすく解説していきます。
家族信託と任意後見制度の違いとは
家族信託と任意後見制度は、どちらも「将来、本人の判断能力が低下した場合に備える」という共通の目的を持っていますが、対象とする範囲や仕組みには大きな違いがあります。この違いを理解しないまま制度を選択すると、「思っていたことができなかった」という事態になりかねません。まずはそれぞれの制度が本来どのような役割を担っているのかを、目的の観点から整理していきましょう。
家族信託の目的
家族信託は、委託者(財産の持ち主である本人)が、信頼できる家族を受託者として指定し、その受託者に財産の管理・運用・処分を託す仕組みです。最大の特徴は、本人の判断能力が低下する前から契約を締結でき、判断能力が低下した後も、あらかじめ定めた契約内容に沿って受託者が財産を柔軟に管理・活用できる点にあります。たとえば、収益不動産の管理や大規模修繕、売却、金融資産の運用など、積極的な財産活用を継続したい場合に特に効果を発揮します。また、委託者が亡くなった後の財産の承継先まであらかじめ指定できる「受益者連続型信託」など、相続対策としての機能も持ち合わせている点が、家族信託の大きな特徴といえるでしょう。つまり家族信託は、主に「財産」に焦点を当てた制度であり、本人の生活そのものを直接支援する仕組みではないという点を押さえておく必要があります。
任意後見制度の目的
一方、任意後見制度は、本人の判断能力が十分にあるうちに、将来判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ後見人となる人物と支援内容を契約で定めておく制度です。任意後見制度の大きな特徴は、財産管理だけでなく、医療機関への入院手続き、介護施設への入所契約、日常生活に関する各種契約の締結といった「身上監護」まで幅広くカバーできる点にあります。また、任意後見制度は家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」による監督のもとで運用されるため、後見人による財産管理や身上監護が適切に行われているかどうかを、第三者がチェックする仕組みが組み込まれています。この監督機能があることで本人保護の実効性は高まりますが、その反面、後見人が単独で柔軟に財産を活用することには一定の制約が生じる点も理解しておく必要があります。
受託者と任意後見人を兼ねることは法律上可能
家族信託の受託者と任意後見制度の任意後見人は、法律上、同じ人物が兼務することについて明確な禁止規定はありません。そのため、たとえば長男が家族信託の受託者として親の不動産や金融資産の管理を担いながら、同時に任意後見人として親の身上監護(医療・介護・施設入所などの契約手続き)を担うといった形は、制度上問題なく成立します。実際の相談現場でも、財産管理は家族信託でカバーし、身上監護の部分は任意後見制度で補うという形で、両制度を組み合わせて活用するご家庭は多く見られます。その際、窓口となる家族の負担を考慮して、受託者と任意後見人を同一人物にまとめて設計するケースは一般的な選択肢のひとつです。ただし、法律上可能であることと、実際の家庭状況において最適であることは必ずしもイコールではありません。以下で解説するメリットと注意点の両方を踏まえたうえで、ご自身のご家庭にとって最適な制度設計を検討することが重要です。
受託者と後見人を兼ねるメリット
受託者と任意後見人を同じ人物が担うことには、実務上いくつかの明確なメリットがあります。特に、財産管理と身上監護を一人の家族が一貫して担うことによる利便性は、多くのご家庭にとって大きな安心材料となるでしょう。ここでは代表的な2つのメリットについて詳しく見ていきます。
財産管理を一元化できる
受託者と任意後見人が同一人物である場合、財産に関する情報や本人の生活状況に関する情報を、一人が一貫して把握できるという大きな利点があります。たとえば、介護施設の入所費用や医療費の支払いが必要になった際、身上監護を担う任意後見人自身が信託財産の状況も把握していれば、資金の流れをスムーズに管理し、必要な費用を遅滞なく支払うことができます。もし財産管理を担う受託者と、身上監護を担う後見人が別の人物であった場合、費用の支払いのたびに両者間で連絡・調整を行う必要が生じ、手続きに時間がかかったり、情報共有の行き違いが生じたりするリスクが高まります。一元的に財産と生活状況を把握できる体制は、本人にとって必要な支援を迅速かつ的確に行ううえで大きな強みとなります。
本人や家族の負担を軽減できる
受託者と任意後見人を別々の人物に依頼する場合、それぞれの立場の人物との間で情報共有や意思決定の調整を継続的に行う必要があり、本人や家族にとって精神的・時間的な負担が大きくなる傾向があります。特に、複数の兄弟姉妹がそれぞれ異なる役割を担うようなケースでは、意見の食い違いが生じることで、本来スムーズに進むはずの手続きが停滞してしまうことも少なくありません。受託者と任意後見人を一人の家族に集約することで、意思決定の窓口が一本化され、本人にとっても「誰に相談すればよいか」が明確になります。また、対外的な手続き(金融機関や医療・介護施設とのやり取りなど)においても、担当者が一人であることで書類のやり取りや説明の手間が減り、家族全体としての負担軽減につながる点も見逃せないメリットです。

受託者と後見人を兼ねる場合の注意点
兼任には多くのメリットがある一方で、実務上は慎重に検討すべき注意点も存在します。特に、権限が一人に集中することによるリスクや、制度上の監督の仕組みとの関係については、事前にしっかりと理解しておく必要があります。
利益相反が生じる可能性がある
受託者と任意後見人を同一人物が兼ねる場合に最も注意すべきなのが、利益相反のリスクです。家族信託の受益者は、受託者がしっかりと信託財産を管理しているかを監督する権限があります。もし、受益者が認知症になり、任意後見人が代理人になった場合はどうでしょう。任意後見人は、本人(受益者)の代理人ですので、本人の代わりに法律行為を行うことが可能になります。つまり、家族信託の目線で見ると、後見人である受託者自らが、受託者(自分)を監督していることになり、利益相反の構図になってしまいます。たとえば、受託者として管理する信託財産の中から、任意後見人としての立場で本人の生活費や医療費を支出する場面において、支出額の妥当性や財産管理の適切性について、本人以外にチェックする目が存在しにくくなるという問題が生じ得ます。極端なケースでは、受託者兼任意後見人である家族が、他の相続人の目から見て不透明な形で財産を動かしているのではないかという疑念を招き、家族間の信頼関係にひびが入ってしまう可能性も否定できません。こうしたリスクを避けるためには、信託契約や任意後見契約の内容に、財産の使途や報告義務について明確なルールを定めておくことが極めて重要になります。
家庭裁判所や任意後見監督人との関係
任意後見制度では、任意後見人による後見事務が適切に行われているかどうかを監督するため、家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」が関与する仕組みになっています。任意後見人は、定期的に任意後見監督人へ財産状況や後見事務の内容を報告する義務を負います。受託者を兼ねている場合、信託財産の管理状況についても、任意後見監督人への報告の際に一定の説明が求められる可能性があります。信託財産と任意後見の対象となる財産の範囲が契約上どのように整理されているかによって、報告すべき内容や監督の及ぶ範囲が変わってくるため、契約設計の段階から、任意後見監督人の視点も意識して整理しておくことが望ましいといえます。
信託契約の内容が重要になる
受託者と任意後見人を兼ねる場合にトラブルを避けるためには、信託契約書の内容を綿密に設計しておくことが何より重要です。具体的には、信託財産の範囲、受託者の権限と義務、財産の使途に関するルール、他の家族への報告義務や情報開示の方法などを、あらかじめ契約書に明記しておく必要があります。契約内容があいまいなまま兼任の形を取ってしまうと、後になって「この支出は本当に本人のためだったのか」といった疑念が生じた際に、契約書を根拠に説明することができず、家族間の紛争に発展するリスクが高まります。
利益相反のリスクをできるだけ避けるために、信託契約書の中に利益相反の許容条項を設けたり、信託監督人や受益者代理人を立てたりする工夫が必要になってきます。信託契約書の作成にあたっては、司法書士など家族信託に精通した専門家の助言を受けながら、将来起こり得る具体的な場面を想定した実務的な内容に仕上げておくことが、円滑な兼任運用のための土台となります。
家族信託だけでは対応できないケース
家族信託は財産管理において非常に柔軟性の高い制度ですが、万能というわけではありません。本人の生活や心身に関わる場面では、家族信託だけではカバーしきれない領域が存在し、そうした場面では任意後見制度の役割が重要になってきます。
身上監護が必要な場合
家族信託はあくまで「財産」の管理・処分を目的とした制度であり、本人の身の回りの世話や生活面の意思決定(身上監護)を行う法的な権限までは受託者に与えられません。たとえば、本人がどこでどのような介護サービスを受けるか、生活環境をどのように整えるかといった判断は、家族信託の受託者としての立場だけでは法的に代理することができないのです。こうした身上監護の領域まで家族がサポートしたい場合には、任意後見制度による契約を別途締結し、任意後見人としての立場で対応する必要があります。
医療・介護・施設入所契約が必要な場合
本人が入院や介護施設への入所を必要とする場面では、医療機関や施設との間で契約を締結する必要がありますが、こうした契約行為についても、家族信託の受託者という立場だけでは代理権が及びません。任意後見人であれば、あらかじめ結んだ任意後見契約の内容に基づき、本人に代わって医療機関や介護施設との契約手続きを行うことができます。将来、本人の判断能力が低下した後に、こうした重要な契約を家族がスムーズに代行できるようにしておくためには、家族信託だけでなく、任意後見制度もあわせて準備しておくことが不可欠だといえるでしょう。
家族信託と任意後見を併用するケースが多い理由
実務の現場では、家族信託と任意後見制度を単独で利用するのではなく、両者を組み合わせて活用するご家庭が数多く見られます。その理由は、これまで解説してきたとおり、両制度がそれぞれ異なる領域をカバーしているためです。家族信託は財産の積極的な管理・活用・承継に強みを持つ一方、身上監護には対応できません。任意後見制度は身上監護を含めた包括的な支援が可能ですが、家庭裁判所や監督人の関与により、財産の柔軟な活用という点では一定の制約があります。両制度の長所を組み合わせることで、「財産は信託契約に基づいて柔軟に管理・活用しながら、生活面の重要な決定は任意後見人としての権限で対応する」という、隙間のない支援体制を構築することができるのです。将来にわたって本人の生活と財産の両面を安心して支えたいと考えるご家庭にとって、両制度の併用は非常に有効な選択肢といえるでしょう。
基本的に受託者と任意後見人は違う人にした方がよい
受託者と任意後見人を同一人物にすることのメリットとデメリットを上記でお話ししましたが、利益相反のリスクがかなり大きいので、基本的には受託者と任意後見人は別々の人にするべきと考えます。もし、ご家族の中で、それぞれ別々にお任せできる人がいるのであれば、そうした方が無難です。もちろん、信頼して任せられる親族が1人しかいないというケースもあるでしょう。実際のところご家庭の状況によって最適な答えが異なります。もし、同一人物で兼ねる場合は、信託契約書の内容を工夫して利益相反のリスクをなるべく避ける必要がでてきます。場合によっては、士業などの専門家に信託監督人に就任してもらうなどの選択肢も考慮する必要があります。
同じ人物にまとめることが適しているのは、たとえば信頼できる家族が一人しかおらず、財産の規模や種類がそれほど複雑ではない場合です。このようなケースでは、窓口が一本化されることで意思決定がスムーズになり、本人にとっても安心感のある支援体制を構築しやすくなります。

家族信託と任意後見でお悩みの方は専門家へ相談を
家族信託と任意後見制度は、それぞれ独立した制度でありながら、組み合わせることで初めて本人の財産と生活の両面を隙間なく支える体制を作ることができます。しかし、どちらの制度をどのように設計し、受託者と任意後見人を同じ人物にすべきか別にすべきかといった判断は、ご家庭ごとの財産状況や家族関係によって最適解が大きく異なるため、一般論だけでは判断が難しい領域です。特に、利益相反のリスクを避けるための契約設計や、信託財産と任意後見の対象財産の整理、家庭裁判所や任意後見監督人とのやり取りといった実務的な側面については、専門的な知識と経験が欠かせません。将来の財産管理や身上監護について不安をお持ちの方は、早い段階で司法書士などの専門家に相談し、ご家庭の状況に合った制度設計についてアドバイスを受けることを強くおすすめします。判断能力が低下してからでは選択できる制度の幅が狭まってしまうため、「まだ元気だから大丈夫」と先延ばしにせず、余裕のあるタイミングで相談することが、将来の安心につながります。
まとめ|法律上は受託者と任意後見人は兼ねることが可能だが設計が重要
本記事では、家族信託の受託者と任意後見制度の任意後見人を同じ人物が兼ねることができるかというテーマについて解説してきました。結論として、法律上、受託者と任意後見人を同一人物が兼務することは可能であり、財産管理の一元化や家族の負担軽減といった実務上のメリットも多く存在します。一方で、利益相反のリスクや、家庭裁判所・任意後見監督人との関係、信託契約の内容次第でトラブルの火種となり得る点にも十分な注意が必要です。また、家族信託だけでは身上監護をカバーできないため、本人の生活面までしっかりと支えたい場合には、任意後見制度との併用が有効な選択肢となります。受託者と任意後見人を同一人物にしてもよいか、別々の人物に依頼すべきかは、ご家庭の人間関係や財産状況によって最適な答えが異なるため、制度設計の段階から専門家の助言を受けながら、ご家庭にとって最も安心できる形を見つけていくことが大切です。
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記事監修者
ローワン綜合法務事務所の司法書士・ 中瀬雄太です。
相続や家族信託の豊富な経験を活かし、皆様のお悩みに寄り添います。
はじめまして、司法書士の中瀬です。
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